一章
2・ミッドナイト -2
―AM3:00頃。
アリオンが寮に帰宅した時、消灯はとうに過ぎて辺りは静寂と闇に包まれていた。
アンドロイドを背負ったまま膝をつきながら、なんとか部屋の鍵を差して回す。
自分の部屋が一階なのをこれほど幸運だと思った事はなかった。
自室に入ると暗闇の中で小さくぼそぼそと話し声が聞こえる。
消し忘れのラジオが鳴る音だった。アリオンは構わず、やみくもに作業机の上の物を押しのけて、どうにか背負っていた金属の塊をゴトン、と乗せ自分は床に倒れこんだ。重かった。
「死んだかと思った・・」
仲間たちは最後までは手伝ってくれなかったので最後は独力で運ぶしかなかったのだ。
しばらく汗だくのまま意識を失っていたが、床からの冷気が冷たくなってきて起きた。
”zzz…zzz z-z-==〇月〇日捜索願提出者のうち未発見者の一覧です。
Aaron、Abel、Alan、Alistair、Austin、Abby、Addison、Aileen・・”
夜中だというのにラジオから人探しを呼びかける放送が延々と続いている。
この街では昔から失踪者が後を絶たないのだが、「画像化禁止法」によってその人の似顔絵さえおこす事が禁じられているため、捜索は難航を極めている。
そのためか昼夜を問わずラジオ放送で呼びかけが行われているのだ。
遭難者の身体的特徴に入ったところでアリオンはラジオを切った。沈黙が訪れる。
部屋に散在しているいくつかの電池式ランプのスイッチを入れると、暗がりがボウっと明るくなった。
それから生体プログラムに接続する。
アリオンは意識を集中すると、視界に「ライト」という機能が現れる。そこに照準を合わせ、
”保護解除”
する。
目に浮かんだ黄色の”点灯”の文字を黒目の動きで消し、
今度は青色でこう打ち込む。
”消灯”
すると目にかかっていた周囲が明るく見えるフィルターが外れ、視界が本来の夜の暗さへと戻った。
生体プログラムは使うと生体のエネルギーを消費する。
つまりとても腹が減るのでこの時間帯は使用するのはつらいものがあるのだった。
アリオンは散らかり放題の床に置かれた段ボールの箱から瓶入りの飲料水を取り出し、フタを開けてごくごくと飲んだ。もう風呂も終わっている時間だから、タオルを貯めておいた水で濡らして顔を拭いた。
薄っぺらい布団を敷いたベッドにどっかと座り込んで、アリオンが仰向けに寝かせたアンドロイドを眺めたその時。
『ようこそいらっしゃいました!ハッピーてれふぉしーライフー!』
突然頭の中にけたたましい音声が鳴り響く。
どわっ、っとアリオンは思わず声を上げた。非常に悪いタイミングに額を抑えながら思わず悪態をつく。
「っくりしたー。
ハッピーてれふぉしーね。
このオープニングスキップできねーのかな」
生体プログラムの機能の一つ、
”レター箱”を開放したのを忘れていた。
たった今、”ライト”の消灯と同時に開封していたのだ。毎度騒々しい音声と共にスタートするのがアリオンは気に入らない様子だ。
レター箱は文字による短文を相手の脳内に送り付ける事ができる機能。
解放しておくと24時間いかなる時でも受け付けてしまうので、アリオンは普段は閉じておき時間がある時に開いて受け取る事にしていた。
他にも”テレフォシー”という直接相手と脳内で会話ができる機能がある。
最初はこの”テレフォシー”しか生体プログラムにはなかったのだが、ずいぶん機能が増えた。そもそもの生体プログラムを「テレフォシー社」が造ったのが最初であり、プログラム自体をテレフォシーと呼ぶ事もある。
レター箱を開くと、騒々しいジングルと共にアリオンの目の前に光るレターが次々に開かれて、文字が躍り出た。ほとんど広告レターだが、一通だけさっきのメンバーから来ていた。
『無事か』:Alex
小太りのくるんとした頭頂部の髪と四角い眼鏡と眉間のしわ。見かけは少し怖いし酔うと妙な話し方をするけど情があるやつだ。
機械の塊(アンドロイド)に押しつぶされていないか気になったのだろう。最後まで手伝ってくれたら尚助かったのだが、アリオンが首を突っ込んだ案件にそこまで求めるのも贅沢か、と思った。
『無事だ』と返しておいた。
「おっと、アミアからも来てる。何々・・明日行ってもいいか、だって。いいよっと」
アリオンは返信を終えると再びレター箱を閉じた。
レター箱でも映像は送れないようになっている。政府―展上(てんじょう)の奴らに万が一見つからないように、もしくは見つかった時を想定してだ。
生体プログラムは表ざたにできない交流方法なのだ。
ようやく足を伸ばしてくつろぐことができる。
アンドロイドを頭の先から足の先まで見て、アリオンは素晴らしさに震えずにはいられなかった。と、同時にアイクの言葉を思い出していた。
いくら機械好きでも恋人にはできん。
アリオンはふつふつと、怒りがわいてくるように感じた。
(俺は機械を恋人にしようと思ってるわけじゃないぞ)
アイクは機械に夢中なアリオンを比較対象にして下げるような事を言ったのだ。
あの時は腹が立って思わず廃工場の噂話をして憂さ晴らししてやった。
(恋人が居るとそんな偉いのか?
俺は今は必要なものとは思わないね。機械好きで何か悪いか)
しかし、無視できずにイラついているのは気にしている証でもあった。
アイク、アブ、アレックスー、
よくつるんで飲みに行く仲間の3人はアリオンより年上で、姿かたちは個性的、顔も正直よくない部類に入るが、背が高く仕事は普通に出来、実はひそかにそれぞれに需要があってそれなりにモテている。
一方自分はといえば若く、平均よりだいぶ背は低く仕事は人並み、過去好きだった相手とは解釈違いですぐ破局、話を盛り上げはするが飽き性でモテない。
彼らを見ていると焦りや引け目を感じる。
皆が将来を見越して生活したり、関係性を構築している姿を見て、うまくいってない自分を意識する。置いていかれてると感じる。
そんな不安を機械いじりに没頭する事でやり過ごしてきた。
アイクの言葉はアリオンが見て見ぬふりをしてきたそれを突っつくものだったから、過剰反応した。
機械をいじるのは好きだ。何もウソはない。そこを主張したのは間違いでもなんでもない。
ただ、ちょっとだけ自分をごまかすために大げさにしてしまった。
廃工場でこのアンドロイドを持って帰ろうとムキになってたのも、
”好きなことをやってるんだ、これがいいんだ”と自分で自分に言い聞かせたかったのかもしれない。
それに・・それだけじゃない。
アンドロイドに近づき、上から見おろすと陶器のような顔に影が落ちた。
(実際、機械のほうが好きだと思う。
このアンドロイドは言った命令を忠実にこなす。俺がやった事にやっただけ応える。
そこがいい。人間のように複雑じゃないし裏切らない、離れて行ったりもしないし愛着がわく)
人間よりいい、と思いかけて悩み、ええい、と考えるのをやめた。
アリオンは投げ捨ててあったズボンのポケットからおもむろに栓のされた小瓶を取り出した。
中には緑色の半透明の液体が入っており渦を作って回っている。
ランプのオレンジの灯りにかざすと、液体の中に煙のように人の姿や建物、自然、動物などの映像が次々に浮かんでは消えた・・。
ここでは禁止されている映像が。
今まで見たことのない現象が小さな瓶の中で繰り広げられている。
「今日はこれについて皆の意見を聞くつもりだったんだが、それどこじゃなくなっちゃったな。かんっぺきに相談する時と場所を間違えた」
アリオンはがっくと肩を落としてうなだれた。週末の夜の酒場でない事だけは確かだ。
「まあいいや、明日どうせ専門家に会うつもりだったしこの水もついでに診てもらおう」
アリオンはオレンジの光に照らされた少女の頭に触れてそっとなでた。
「これも治るといいんだけど」
見れば見るほど人間のよう。一体どこが壊れているのか。
つい数時間前までは完成体のアンドロイドを拾うなんて夢にも思わなかった。こんなに近くでまじまじと見ているのが信じられない。
手を伸ばして頬、首を伝って首元まで触れてみる。見た目は人だが柔らかくない。
硬く、加えて今夜は冷えるせいで、手がかじかむ程の冷たさになっている。
背負っていた時、熱が伝わりやすい材質でできているのがよくわかった。
一方、髪はまるで動物の体毛のように柔らかい。
「何これすご。ここだけモフモフじゃん。冬毛なの?何の毛使ってるんだろう」
思わず髪に両指を入れてを掬うと、密度の高いもっちりとした泡のようでそれでいてさらさらとした感触があった。感動してしばし触っていると、
今アンドロイドで欲求を満たすのも出てるじゃんそういう為の
再びアイクの声が胸に響きアリオンは瞬時に手をひっこめた。
アンドロイドはほぼ人間と同じ姿をしているから、今の状況をよく考えないでみれば、女の子が部屋で寝ているように見えるな。
そういえば幼馴染のアミア以外の女子を部屋に呼んだことがなかったな。
急に気づいてなんとなく汗が出てきた。
そこで頭をナデナデなんかしてる自分の姿は、ホントにアイクが言ったみたいな・・そのもの!?
(いやそういうつもりじゃないんだって。普通に直して普通に使う為だって。
あれ、直して普通に何に使うんだ?ほらハウスキーパーとか、いろいろあるじゃん。
今触ったのもたまたまで!
もう頭ん中に出てくるなお前は。あと俺も思い出すのやめよ)
頭をぶるぶるっと振って言い訳していると、頭がタンポポになった。
激しく揺すり過ぎて視界がぐるぐる回っている。
ふと見ると少女の後頭部、服の襟足に何か赤いタグが付いているのに気が付いた。
なんとなく肌に触れないようにそれをつかんで引っ張ると数字が書いてある。
「O1(オーワン)?いや、01(ゼロいち)か・・
服のサイズか、こいつのロット番号か」
アリオンは頭をひねった。
「そうだ、アンドロイドとかこいつとかじゃ呼びにくい。名前を付けよう。
もふもふした髪の毛だからモフ子でもいいけど・・いや、やっぱやめよう。
このタグ、01・・だから逆さまにしてIO(イーオー)、イオにしよう。
今日からお前はイオだ」
アリオンは照れ隠しのように笑った。
アンドロイド、イオが仲間になった。ただ壊れているのか全く反応はしない。
「いい名前じゃないかそう思うだろ」
話しかけながらふと手にした小瓶をかざした。
すると、驚いたことに緑色の液体は真っ白に濁ってしまい何も見えなくなってしまった。
アリオンが目を見開いていると、白くなった水の後ろでイオの瞳がゆっくりと開くのが見えた。アリオンはただ黒い目を見つめた。
イオの黒曜石の瞳にアリオンの驚愕の表情が映っている。
少しイオの口元が動いたような気がした瞬間、アリオンの意識は途絶えた。