
一章
4・まぼろし -3
「どこを探してもいないからたぶんどこかに連れてかれたんだと思った」
アミアはアリオンと店主に身振り手振りで話しながらまだ青ざめた顔をしていた。
機械修工店の診察室にて、三人はイオが横たえられたベッドの周りを取り囲んでいた。
「どうしようと思ってたらテレフォシーがかかってきて、応じたら突然暗闇からアリオンが顔を出した。びっくりした。とにかく帰ってきてよかったよ」
「ごめん。俺もこんなことになると思わなかった。アミアを探しに行ったら、まさか自分の方が行方不明になってて探されてたなんて」
アリオンは意気消沈して言った。
正面に居た店主・ヘーゼルナッツ氏もうなづいた。
「生きて帰れてよかったな、にーちゃん」
「うん。おっちゃん、ありがとう・・」
憔悴した様子のアリオンに氏はパイプ椅子を出して座るように促した。
アリオンは椅子に崩れ落ちると、途切れ途切れに森に迷い込んだ話をした。
「嘘みたいな話だけど本当なんだ」
「何もない所から出てきたところ見てるから嘘とは思わないよ」
アミアの言葉にアリオンは頭を垂れてうなづいた。
「ありがとう。アミアも森に居るかもしれないと思ってたけどそうじゃなくてよかった」
「私はなんともなかったよ」
アミアは答えながら深刻そうな瞳でアリオンを見た。
「アリオン、狙われてるよ。目を付けられてる感じがする」
「誰に?一週間前に森に迷い込んでこれで2回目だよ」
「2回目だよ。今回も出られたからいいようなもんじゃん。またこんな風になって戻ってこれなくなったら」
心配されているのはわかっていたが、疲労もありアリオンは少しうんざりして言った。
「仮に狙われてるとしたって俺はどうする事もできない。巻き込まれてんだから。助けてくれる人もいないし、どっかにずっと隠れてる訳にもいかないし・・。大丈夫だよ、テレフォシーがつながればこっちに戻ってこれるってわかったんだから」
話しながらふと記憶のかけらがよぎった。
「でもそういえば、”絶対夜の移動はしてはいけない”とかって誰かに言われたんだよな」
言いながら発言の主を思い出すと手を叩いた。
「ゼノだ。ゼノが夢の中で言ってた」
「ゼノが?」
「確かそう」
アリオンは突然ヘーゼルナッツ氏に向って言った。
「・・おっちゃん悪いんだけどそんな訳だから今日俺の事朝までここ置いてくれない?受付の椅子の上で寝るからさ。外出歩かない方がいいと思うんだ」
それまでアリオンの話を神妙な顔つきで聞いていた店主は、はっとしたように顔を上げた。
「ああ。まあそういうことならしゃあねえな」
「やった。誠にありがとうございます・・」アリオンは両手を上げて深々と頭を下げた。
「悪いけど私は工場戻るわ。車返さないとだから」
「了解。もちろん後は交通機関で自力帰還します。本当ありがとう」
両手を合わせて今度はアミアに向って頭を垂れた。
それがまるで何かの儀式のように見えてアミアは少し笑った。
「本当は少し心配だし見張ってたい気もするけど。でも今回ゼノに森で助けてもらえたのは良かったね。相変わらず何なのかはわからないんだけどね。森は夢と地続きみたいな場所なのかな」
「うん、よくわからんけどこの度は本当に助かった。それは感謝してる。けど」
アリオンは首をひねって眉根を寄せた。
「なんなんだよアイツは・・。俺にあれしろ、これやってって言ってくるし・・せめて肝心なところで居なくなるのだけは勘弁してほしい。本当に何考えてるか」
アリオンは直ぐ傍のイオを見降ろしながら不満を口にした。
脱出を手助けしてくれたのはいいが、人間だったころのイオになぜ自分を引き会わせたのか。その意図はわからないままだ。
折角再会したのにゼノスの場所もまた聞きそびれていた。
アリオンの現状報告が終わるといよいよ店主からイオの検査結果が告げられた。
アリオンはゼノから何度も告げられて過去の姿とやらまで見せられていたのでもはや驚きは小さかった。隣でアミアが青天の霹靂で挙動不審になったり硬直したりするのを見ていた。
ヘーゼルナッツ氏はイオの検査結果が書き留められた紙を見せながら言った。
「検査の結果このお嬢さんは元人間。骨や臓器は100%人間と照合」
アリオンは氏の言葉に深くうなづいた。アミアは驚きのあまり口を開けたまま固まっていた。
「やっぱりそうか」
「・・びっくりした。ええ、どうして驚かないの?」
アミアはアリオンを二度見していった。
「ゼノから何度も言われてたから心の準備が出来てた。やっぱりアイツの言う通りなんだな」
「おかしい、深緑製じゃないの?アリオンの情報を読み込んでたはず」
「お取込み中のとこ悪いがもっとビビらせることを言うぞ、いいか」
ヘーゼルナッツ氏の声が雑談を遮った。説明の途中だ。
「加えて体には”深緑”が使用されている。深緑製アンドロイドでもある」
アリオンとアミアは顔を見合わせてハモリながら答えた。
「「どういう事!?」」
氏は「落ち着け」と二人に対して手でジェスチャーした。
「驚くのはまだ早い。さっきにーちゃんには言ったな。このお嬢さん以外にも店に深緑製アンドロイドの持ち込みが頻繁にあったと。それらも全て、人間。機械ではなく素体に人間が使われていた」
2人が絶句したのを確認して、ヘーゼルナッツ氏はさらに言った。
「俺が見た限り深緑製アンドロイドは人間を素材に使っている。このお嬢さんも例外なくそうだったちゅう話だ。だがお嬢さんは今まで俺が見てきたヤツと違う点がある。それはアンドロイド化が中途半端だっつう点。アンドロイドになってる途中で中断された感じでな。人間の状態がまだ残ったまま半端にアンドロイドになって止まっている。これは今までに見た事が無いケースよ」
「半分人間、半分アンドロイド・・」
石化から解かれたアリオンがつぶやいた。
「おう、だいたいそんな感じだな。さすが理解が早えじゃねえか」
氏はアリオンに向って相槌を打った。
(ゼノも確かそんな事言ってた)
アリオンは目を閉じて横たわるイオを見つめた。
「ねえ深緑って・・人間に使うものだったの?」
問いかけるアミアの声が震えていた。
機械好きとして深緑製には憧れがあっただけに、人間が素体に使われたアンドロイドだと知ってその残酷な真実にショックが隠せない様子だった。
押し殺した声で氏は言った。
「深緑は元は機械を想定したアンドロイド用の血液だ。けどよ、最近あれだろう、人とアンドロイドの境がずいぶん薄くなっちまった。その効果は人間にも同様に及ぶんだと。その事に気が付いた”たわけ者”が居るんだ」
「信じられない・・。人間を機械の代わりに素材にするなんて」
蒼白な顔のアミアに今までのアリオンなら即100%の共感をしただろう。
だがアリオンはその事を脇に置いてでも店主に聞き、突き止めたい事があった。
氏をまっすぐ見つめると問いかけた。
「イオはこのまま目覚めないのか?人間だとしたら助けたいんだ。なんで動かないんだ?故障は治るのか?」
店主は伏し目がちに言った。
「お嬢さんが動かないのは人間と機械の中間にあって、中途半端に停まっちまってるからだろう。機械的な故障はしてない。俺はこんな状態は初めて見る。今は心臓が動いてないし脈も呼吸もない、当然五感もない。・・が」
「もう生きてないよ。さっき元人間って言ってたし」
脇からアミアが口をはさむと、氏は人差し指を振った。
「そうでもない。生きていると言えるかもしれん」
「えっ」
アリオンはうつむき加減の顔を少し上げた。
氏は更に声を低くし絞り出すように言葉を紡いだ。
「それが深緑のなせる業(ワザ)なんだ。鼓動が止まって息が無くても身体の中を循環し、生きているのと同然の状態に保つ働きをする。そうだな・・仮死の状態に近いだろう」
「それって希望があるって事か?どうしたら意識が戻る?」
アリオンは思わずヘーゼルナッツ氏に詰め寄った。その横顔をアミアは怪訝な顔で見た。
「イオはアンドロイドじゃなくて人だったんだよ。もう直すとかじゃなくない」
「なら人間には戻れるんじゃないかって。中途半端に止まってるならここからどうにかならないか。なあ、おっちゃんどうなんだよ」
少し戸惑ったように氏は口を濁した。
「深緑製アンドロイドは意識がない制御下で特殊な電波や信号を使って操ることができるんだが。すでに試してみたが反応はなかった。意識は無い。
お嬢さんはさっきも言った通りアンドロイドとして半端だ。機能は不完全。現状維持の他に俺にできる事あ・・無え」
そう言ってアリオンから顔を背けてしまった。
「そっ、か」
気持ちの行き場を失いアリオンはこぶしを握り締めたまま肩を落とした。
再び何か言おうと口を開きかけると、ほぼ同時に怒ったような口調で氏が言った。
「だけどな!そりゃ俺は機械修工店の店主の立場で言えば、だ。もしかすっとそれ以外の方法があるのかもしれないと少し思う・・」
「え?例えばどんな」
アリオンが突然の態度に目を丸くしていると、氏は腕組みをして目線を落とし、顔をしかめながら言った。
「初めて見るケースだと言ったろう。例えば俺は電波や信号を与えてこの嬢ちゃんの反応を見る事しかできん。それで半分アンドロイドであるかを判断した。でも半分は人間でもある。ならば、何かの刺激やきっかけで・・人としての意識がまだあるなら・・戻る可能性もあるかもしれん。臓器に損傷はないようだし、見て見な、まるで眠っているようだろう?」
氏はアリオンの目を見た。
「言ってなかったが、にーちゃんが居なくなってた丁度その頃な、嬢ちゃんの脳波には活性化が見られていた。さっきもだ。にーちゃん達がこの部屋に入って来た時に同じように微弱な反応があった」
「本当に?」
「ああ。にーちゃんは情報を取られてるって話だったな。ならにーちゃんは嬢ちゃんと接続(リンク)状態にあるはずだ。行動が嬢ちゃんに伝わって、刺激になる可能性は高い」
アリオンは眠っているように横たわるイオの隣に立ちそっと手を取った。冷たくて硬い感触がイオの手袋越しにアリオンに伝わってくる。手をぎゅっと握ったり次にパーにして開いたりする。
「刺激ってこういう感じかな?どう」
「反応無し」
氏の言葉にアリオンはガクッと頭を落とした。
「無いんかい」
「すぐに意識が戻るとは言ってないだろが」
「なるほど。そういう事か」
アミアはさっとアリオンの逆側に回るとイオの反対の手を取った。
「にぎにぎ。マッサージみたいな感じ」
冷たいね、といいながらアミアもアリオンに倣って手を握っている。
氏はこれに加わらずにうなづいた。
「方向性はいいんじゃねえ。他にも温める、音を聞かせるとか・・」
「でもさっきは五感がないって言ったのに。本当に意味ある?これ」
無反応に期待が外れて不貞腐れ気味にアリオンが言うと、氏はふんと鼻を鳴らした。
「じゃあ何もせず指をくわえて見てるんだな。さっきの反応をみるに、人だけでもアンドロイドだけでもねえ、または両方が複雑に絡み合った反応がこの嬢ちゃんの中で起きてるんじゃないかって俺ぁ思っただけだしよ。可能性がありそうなことをやってみろってだけだ」
アリオンはイオの手を無言で握っていた。近くに顔がある。瞳は閉じられたままだ。昨日、この瞼が開いて自分を見つめた。あれは夢などではなかった。
(イオが動くところを俺はこの目で実際に見てるじゃないか。信じられるはずだろ)
やがて手を握ったまま、うんうんと頭を縦に振った。
「わかった。目覚めるかわからなくてもやってみる。イオを人に戻すためだ。本当に人間が目覚める時みたいにしたら効くのかもしれないよな。きっと時間が掛かる事なんだ・・。焦ってゴメン。ありがと、おっちゃんはやっぱ凄いよ。目覚まし時計家から持ってくるよ」
アリオンの目に明るい希望の光が灯った。
一方、氏の表情は暗いままだった。
あのよ、と続ける。
「これ返しておくな」
ヘーゼルナッツ氏が持ってきたのは、アリオンがイオと一緒に渡した小瓶に入った緑の水だった。
「これの検査結果な、ただの水」
「え」
アリオンは思わず「ほんとにほんとに?」と2回繰り返してしまった。
「絶対なんかあると思ったのに」
「俺もだ。見た目”深緑”にそっくりなんだよそれが」
「これが?深緑に似てるの?」
目の前に掲げるとガラスの中で緑の水が小さな泡を出しながら渦をまいていた。
「おでれーた。(天井を指さす)の奴らが何か出してんのかと思って身構えたらよ。ただの水以外の何者でもなかった、いじょう」
「はは、よかったような残念なような。これ森の中で汲んだんだよな」
半笑いでアリオンは肩をすくめた。
水を汲まずとも今回は森から出る事ができていた。
見ていると以前と同様、水に様々な景色が浮かんでは消えいく。
森の中で遭遇した数々の幻たちを詰め込んで見ているような気がした。
「持ってた方がいいよそれ。お守りに」
アミアがイオの頬をマッサージしながら言った。
「それ持ってた時は森に行かなかったじゃない」
「あー、確かにそうだ。この一週間ずっと持ち歩いてたな。ちょっと不気味だけどなあ」
「ただの水だって」
「そーだなただの水!ただの水!
イオー、起きてくれ。俺だ、アリオンだよー」
アミアに同意しながら、アリオンはイオの肘を立てて軽く回した。
時間の許す限りの努力もむなしくイオの意識は戻らなかったが、20時を回ってアミアは工場へと帰って行った。
アリオンは機械修工店の地下エレベーターの入り口までついて行き、手を振って見送った。
エレベーターが上に登っていくまで待って振り返ると、ヘーゼルナッツ氏が店の入り口の横の壁にもたれて立っていた。
「・・余計な事を言っちまったかな・・」
「え?」
「いやなんでもねえよ」
アリオンの顔を見ると氏はくるりと背を向けて待合室へと歩き出した。
「これからお前さんも身の回りには重々気を付けるこった。さ、中へ入んな」
アリオンは待合室の椅子を並べて段ボールと毛布を敷き横になった。寝心地はもちろん悪い。
店の保存食を二つ、晩と翌日の朝の分分けてもらえた。イオと緑の水の検査代に食費を上乗せしてもらったが宿泊代はいらないと言われた。イオはとりあえず一週間先まで店に入院させることにした。
費用は全て、ゼノから渡されたオールフリーパスから自動的に支払われた。
今は23時を回ったころだろうか。辺りは消灯しフットライトだけが一定間隔で点いている。壁掛けの時計の秒針の音が聞こえる中、アリオンは眠りに落ちる前にいつもの習慣で生体プログラムを起動し、レター箱を開いた。
何やらいろいろな事があり過ぎて目がさえてしまっていた。奇妙な森、ゼノとの再会そして人間の姿のイオ、それに怪物。今日あった事は全て夢の中ではと錯覚するほど。
こうしてレター箱を開く事でようやく日常を再開したような気さえする。昨日の夜中レター箱を閉じた時から、信じられない位色々な事が起きたなとしみじみと感じた。
『ようこそいらっしゃいました!ハッピーてれふぉしーライフー!』
「てれふぉし―ライフー」
いつもならうるさくてたまらない、例のけたたましい音声が懐かしく感じる程。
思わず復唱してしまった。
次々にジングルと共に飛び出してくるレター、その中に白く光る一通が目を引いた。
通常レターは広告は黄色、仲間は青、とカテゴリーで色分けされている。ゼノのパスの時は金色だったのを思い出し、一瞬躊躇したが思い切って封を切る。
「え、これって」
アリオンはレターの中身を穴が開くほど見つめた。これが紙だったら本当に開いていたかもしれない。
レターの差出人やアドレスは読めない文字の羅列になっていたが、本文に一輪の白い花が添えられていた。その花には見覚えがあった。
「この花。あの娘がくれたやつと似てる・・まさかどうやって」
花壁の前でイオが渡してくれた甘くて強い香りの花。
衝動的に椅子に座ろうとしてバランスを崩し、アリオンは床に転がった。椅子ベッドが崩れ大音量が辺りに響き渡る。
「そうだ、そうだそうだ絶対」
頭を打った衝撃で星がひらめいた。
「しかもこれ交換できるぞ」
奥の扉がそっと開き、ナイトキャップ姿のヘーゼルナッツ氏が目を出目金にして現れた。
「寝ぼけたか?ん大丈夫だな」
ロクに確認もせずに戻ろうとする氏にアリオンは床を這って追いすがった。
「おっちゃん交換所ってここからどれくらいかかる?」
「はえ?歩いてか?40分はかかんじゃねえか」
あくびしながら戻る氏の背中にアリオンは「ありがとう」と叫んだ。
アリオンは立ち上がって胸に手を当てた。どくんどくんと早鐘を打っている。
明日の朝になったら
交換所でこの花を交換して、イオに渡そう。
花の甘い香りはきっと彼女に良い癒しになる。良い効果をもたらすだろう。
花壁の前で花の香りをかいでいたイオを思い出す。
またあの娘に会える。そう確信めいた予感が全身をめぐって、今すぐに部屋を飛び出したい衝動にかられた。
アリオンは椅子の上に横たわっていた。
早く夜が明ければいいのに。早く朝がくればいいのにと胸を躍らせながら。
>>1-5「いつもと同じ朝」