
一章
2・緑 -3
” --以上が、捜索願提出者のうち未発見者の一覧です。
情報提供はテレフォシー社までお願いいたします—z--zz…zzzz…zzzzzz…zzz”
アリオンは公園のベンチに座って灰色の空が茜色に染まっていくのを眺めていた。
夕方ともなると人はまばらで、しめった冷たい海風が吹いている。放送塔から夕方の時刻を告げる音声が流れ、いつものようにラジオの捜索願も続いた。
アリオンはアミアを待って時間をつぶしていた。座っていると散歩する人や風景に目が行く。灰色の空と更に暗い色をした海、停泊しているさび付いた船の群れが見えた。あちこちでラジオの音声が聞こえ、まるで船同士が会話をしているようだ。
A街は湾岸に位置し街は海に沿っている。土地が低くどこからでも海が見やすい。海を視界に入れてもすぐ横を見れば、目の端には山が映る。この街はそれほど広くない。山肌には鉄道のトンネル工事の跡が見えるが、もう何十年も進んでいない。思い出す限りアリオンが幼い頃にはすでにこの状態だった。造られるはずだった駅は放置され、他の街に行こうにも今も交通の不便があった。
A街自体に地下鉄や地下道が張り巡らされているおかげで、生活上の不便を感じる事はほぼない。ただ、どうしても街の中に閉じ込められているような閉塞感を感じる時がアリオンにはあるのだった。
「おーいお待たせ」
アミアの声にアリオンは立ち上がった。片手を頭上で振りながら小走りで近寄って来る。先ほどテレフォシーで連絡が来ていたのでそろそろと思っていた所だった。
「納品お疲れ」
「うん。そっちもどうだった?イオは」
アリオンのねぎらいに対し反応もそこそこにアミアは言った。
「それなんだけどこれからもう少しかかりそうだ。先に帰ってもいいぞアミア」
「私も気になるから聞きたい。いてもいい?」
「いいよ」
アリオンはアミアにベンチに座るように促した。まだ店主からの連絡が来ない。引き続き待つ事になった。
腰掛ける際アミアの一つに束ねた長い髪が風で翻り、後頭部―耳の後ろ辺りーに白いテープが張られているのが見えた。
今さっき生体プログラムを打ち込んだ痕だ。
機械修工店の入り口の右手奥は、生体プログラムの追加や更新ができる診療室になっている。生体プログラムは違法ではあるが、機械修工店等で秘密裏に接種が行われる事が主流となっている。特殊な注射器にプログラムを詰めて首や頭に打つ。
すぐ隣に政府の大病院がありながら、足元ではその目を盗んだ行為が行われている。
生体プログラムが見つかって処罰されたという話はいまだ聞かれ無い。人々の使用率の高さからいつ気づかれてもおかしくはないはずなのだが、隠そうという皆の結束力が働いているからだろうか。
アリオンはアミアにヘーゼルナッツ氏から聞いたことを語って聞かせた。アリオンはヘーゼルナッツ氏を真似て、殿上を『アレ』と呼びアミアを笑わせた。アミアは今朝パスやゼノの事を話した時と同じようにうなづきながら聞いていた。
「アンドロイドを直してくれって人が他にもいたのはわかった。でも『アレ』の首都に来いって言われたのはアリオンだけなんだ。それにしても思うんだけどイオを今の状態で連れて行くのは無茶だよね」
「確かに」
イオは壊れていて動かすのが困難、更に相当の重量がある。
でも、とアリオンは続けた。
「不可能じゃないと思う。金はゼノが寄越したフリーパスから出るし、物としての運搬が困難ならたとえば介護用アンドロイドをレンタルして同行させるのはどうかなと」
それを聞いてアミアは言いかけた言葉を飲み込んだ。そしてもう一度口を開いた。
「行く気になったの?アリオン。あの、『アレ』の首都」
先程まで嫌がっていたのにこうも態度が変わればアミアが驚くのも当然だった。
アリオンはアミアをちらりと見て前を見つめた。
「興味はある。どんな所なんだろうって。だって首都だぜ、見たこともない凄い技術が結集してるに違いないよ。俺はこのA街の他は出身のR街しか見たことがないし、この街の対岸にあるB街でさえ行ったことないからさ。毎日定期船が行き来してるってのに」
アリオンが思わず熱弁するとアミアも両手をパチンと重ねた。
「そう言われると私も凄い興味わいてきた」
「でしょ?絶対気になるよな。見て見たくなる」
アミアが乗ってくれてアリオンは身を乗り出した。
「アリオン前からA街出たいって言ってたよね。でも行くとなると仕事はどうする?辞めるか長期休暇になるよね」
「ああ。それにまず『アレ』がどこにあるのか知らないとって所からなんだよね」
「そっか。確実に知ってそうなのはやっぱ機械修工店の店長だよ。ヘーゼルナッツさん。言葉に出すのを避けるってよっぽどだから絶対知ってるよ」
「でも教えてくれなそうなんだよな。あの通りいつも政府の話題もの凄い避けてたし。おっちゃんに昔何があったんだろう。ゼノス・・(ゴホン)、ってそんな恐ろしい場所なのかな」
少し不安になってアリオンは首をすくめて海を見つめた。
「でも行きたい。行きたくなった。ゼノが言う通りそこに行けばイオは直るかもしれない。俺も何か新しいやりたい事を見つけるかもしれないし」
さらっと言ってアリオンはアミアの横顔を見た。
「あとな、『アレ』の場所を知る方法もう一つあるぞ」
「何」
「ゼノにもう一度聞く」
「どうやって?」
「おいゼノ―!肝心な事言わずに居なくなんなよ!『アレ』の場所教えろー!!」
「無理ある」
両手を口に当て呼び出す真似をするアリオンの横でアミアは苦笑いした。笑うと一重の目が線になる。
「なんとかおじさんに聞き出すのが確実だね。私も手伝えそうなら手伝う。(ゼノス)には私は一緒に行けないけど」
一部声を出さずに口を動かしてアミアは言った。
「私はここでやりたい事があるし、アリオンのやりたい事をやりたいって気持ちを応援する」
「アミア」
すっと背中を伸ばして海を見つめるアミアが急に遠くに感じて、アリオンは少し言葉に詰まった。
「やりたい事って、社長になるってやつ?」
「うん、起業して社長になりたい。金をいっぱい稼いで工場を出ていくんだ」
アミアの夢。
かねてから乗り物のレンタル業をやると言っていた。ゆくゆくはアンドロイドに操縦させるのだと。口数少ないアミアは野心家だ。同年代の女たちの中に居て浮いてしまうのはこういう面もあるのだろう。
「いいね」アリオンはアミアをまじまじと見つめて親指を立てた。
「アリオンも金稼ごうよ。アリオン、アンドロイド創ろうとしてたじゃん。あれは夢じゃないの?機械を修理して再使用するのだっていつもやってるよね」
「あれは」
アミアの言葉にアリオンは少し考えてからうなづいた。
「アンドロイドを創ろうとしてたのはただ造りたかったから。修理は好きでやってる。金を貯めてこの街を出るって手もあるよな」
「地道だけどやっただけ近づくよ」
「手っ取り早く出たいなと思って」
アリオンがそう言うとアミアは探るようにじっと見つめてきた。
「まだあの娘の事引きずってる?」
突然の問いかけにアリオンはぎくりと固まったが、直ぐに人差し指と親指をくっつきそうなくらい近づけて
「ほんの少し」
と答えた。
「もう吹っ切ったと思ってたけど、アミアが言うんだからたぶんまだなんだろうな」
彼の背中をぽんぽんと叩いてアミアは言った。
「時間が解決する。出会いの人脈無いからな、私」
「俺は今イオで手一杯だから。そういう気回し必要ないぞ」
「そっか。うん、私は全く興味がないからわからないけど色んな悩みがあるよね。年頃だもん」
言葉を選んで他人事のように言うアミアを見て、アリオンはなんだかおかしかった。自分だって年頃だろう。しかしアミアは全く色恋に興味がないのだ。だから自分たちの兄妹のような関係は続いているのだろう。
ふと顔を上げると海からの風に乗り何かがころころとアリオンの足元で止まった。黄緑色のゴム製のボールだ。
同時に少し遠くから「すいませーん、投げてもらっていいですかー」と声が聞こえた。
海側の柵の向こうでキャッチして遊んでいたと思われる子供2人が、大きく手を振って頭を下げた。
アミアがさっとボールを右手につかむとアリオンに言った。
「今日『護身用パック』更新したんだ。見てて」
そう言うとアミアは立ち上がりアリオンから少し離れた。ふっと一息ついて頭の上に掲げたボールを手から離すと、右足を振り上げボールが地面に着くすれすれで蹴り上げた。アミアの足の軌道から衝撃波が起きボールは天高く空に吹っ飛んだ。彼女がかぶっていた茶色のキャスケット帽も一緒に飛んだ。
「すげー飛んだー!パワー上がってる」
アリオンは思わず立ち上がってボールの行方を見送った。アミアは落ちた帽子を拾って頭に乗せると、腰に手を当てて満足そうにしている。
生体プログラム『護身用パック』は、文字通り護身を目的とした機能だ。足場の悪い所でバランスを取ったり、身体の一部に反重力シールドを張って頭などの大切な場所を保護したり、不審者に対して瞬間的に距離を取ったりできる。アミアは自身の体術と合わせて技を極めており、対象が触れる前に吹き飛ばす事が出来る腕前だった。
「もはや誰もアミアに触れる事できんな」
アリオンは手のひらを目の上でひさしのようにして小さくなっていくボールを見ていた。
小さく小さく・・。
「見えなくなったぞ」
「やば。強くけり過ぎた」
得意げにしていたアミアがボールが消えた方に慌てふためいて走って行くのを見て、アリオンは腹を抱えて笑った。
仕事に熱意があって武道も出来て、何でもできそうなアミアだが少し抜けている所もある。
ひとしきり笑って涙を拭いた。火照った体に海風が気持ちいい。
アリオンがゼノスに乗り気なのはそこへ行けばもっと自分が輝ける場所があるのでは、という希望的観測も大きかった。それに対してアミアはやりたいことをやるのを応援すると言ってくれた。アミアは本当に必要な時に背中を押してくれる格好いい幼馴染だとアリオンは思った。
波が砕ける音が聞こえた。
さっきよりも辺りの影が濃くなった事に気づきアリオンは黄昏が迫る空を見つめた。
もうすぐ夜がやってくる。
” —z--zz…zzzz…zzzzzz…zzz ==〇月〇日、捜索願提出者のうち未発見者の一覧です。
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>>1-4 「まぼろし」