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一章

​1・いつもと違う夜 -2

 ほどなくしてアリオン達一行は廃工場の門前へとたどり着いた。

ここは数年前に閉鎖された、アンドロイドの部品を製造出荷していた工場である。

四方を高い壁に覆われまるで要塞のような外観をしている為、中がどうなっているのかはわからない。

門の前の街灯は消えており、警備型のアンドロイドも不在である。

 

 

静かだ。

辺りは付近に停泊する漁船の無線とラジオのかすかな音が聞こえてくるのみだ。

 

完全に捨て置かれた状況がかえって不安になる。

アリオンが門の扉の隙間から中を覗こうと手を掛けると、なんと勝手に開いてしまった。

一同は顔を見合わせると一呼吸おいてうなずき、敷地内へと足を踏み入れた。

 

 

 

≪港町A街7丁目224番地

「236工場跡地」-・・

 

 

 

 雲が空を覆い隠すA街の夜は暗く寒い。

しかし風向きのせいなのか昼間の太陽と比べると夜に月が出る確率は格段に高い。

運が良いともう一つ月が出る事もある。月は人々の間で幸運の象徴とされ二つ揃えば奇跡が訪れると言われていた。

 今日は残念ながら月はなく、数歩先を歩く人の背中さえ注意しなければ見失ってしまう程視界が悪かった。

 

 なぜそんなに街全体が暗いのか。それには理由がある。

ある頃から地域のありとあらゆる映像や看板、絵といった画像媒体が禁止されたのだ。

掲示はもちろん所持も製造もだ。中でも映像を映す機械端末の禁止は大きかった。

ありとあらゆる情報を手のひらサイズの薄い情報端末から得ていた当時の人々の当惑は、計り知れないものだった。

映像媒体は姿を消し、端末の放送番組を制作していた放送局はもろもろ倒産した。

 

 今アリオン達が後にした酒場も店先に看板、呼び込みポスター、店名の入った灯り等の客引きが何も無いため、外観からは一体何の店かわからない有様だ。

政府は表向きはエネルギー削減の為とうたっているが、街からは光と活気が消えてしまった。

 人々は情報をラジオの音から得るようになった。音からの情報収集は許可されたためだ。

活字も許されているが、一枚の紙に連続で表示できる文字数・行数が決まっている為、情報を得るために新聞は得策ではない。

そのためA街ではどこへ行ってもラジオの音がする。朝も昼も夜も。

どんな時間帯でも耳を澄ませばラジオの音がした。

 

 

 

「おっと、危ね」

「ダイジョブか」

 アリオンはよろけてアレックスの肩に手を付いた。前に誰か居たことにほっとした。

廃工場の敷地内は、奥の工場に向かって伸びている道がかろうじて確認できるが、その周りを足の踏み場もないほど放棄された部品や廃品で埋め尽くされていた。

「工場が閉鎖された後に誰か来てる。廃品を捨てに」

つぶやくとアリオンはうずたかく積まれた機械の山を見上げた。

はっきりは見えないがパイプやボルト、基盤、アンドロイドのパーツ等もシルエットからありそうだと思った。まだ新しいオイルの臭いもする。

「ライトつけろよアリオン」

「ああ」

 

ライト、と言っても懐中電灯のような光が出る機械ではない。

”保護解除”

それはいわば頭の中で行われる命令で、アリオンが息を止めて念じると、目の前に黄色の光を放ちながら文字が高速で描き出された。

”点灯”

頭に言葉を思い描きながら、瞳の動きで空間に文字を打ちこむ。

すると周囲の明度が上昇し明るくなった。機械の山や足場がくっきりと見えるようになる。

この光る文字の羅列は、実際の空間に出現している訳ではなくアリオンの視覚にのみ現れている。

現実は深夜の闇の中のままだが、彼の視界が明るく調節されたのだ。

 

 便利な情報端末を失った人々は、政府に見つからないそれに代わる物を探した。

それは困難を極めた。

 人々が希求の末にやむなく選んだものそれはー自身の身体を媒体にする事だった。

身体を本体(ハード)にみたて、生体プログラムと呼ばれる機能を打ち込み、以前情報端末で出来た事と近い事ができないか模索した。

生体プログラムは身体に取り込むと、機械の操作をせずに頭で念じるだけで、同様にプログラムを入れた相手と接続し会話する事ができた。

より直接的で無駄のない情報伝達や様々な処理が可能になった。

 

プログラムは更新を重ね、暗所での視野拡張や言語の同時翻訳など体に働きかける便利な機能が次々と追加された。

人々は情報端末と同化し、生活に隠れて機能を使用した。以前と同様以上の利便性を得た。

ただ新たな情報だけは政府の放送するラジオ放送に頼った。

 

 問題は不許可品のため、気づかれないようにしなければならない事。

追加プログラムを体に容量を超えて打ちすぎると、ペナルティが発生し心身崩壊を招く事。

便利な反面使用は自己責任で常に危険を伴った。

 

そんな欠陥を抱えながらも、この地でこの生体プログラムを使う者は多い。

アリオンの傍らで仲間たちも次々に”点灯”を押して視野を拡張している姿が見える。

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